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そうだ、「いじめっ子」の心理を理解しよう。

 

これは是非、いま誰かをいじめているという認識がある方に読んでもらいたい記事です。

誰しもいじめに関わっていたことはあると思います。

私も過去にその1人でした。
(直接危害を加える方じゃなくてただ黙って見てるたちの悪い方)

 

その経験を踏まえて、なぜ他人をいじめてしまう?
そして、結局はいじめる方が弱いんじゃない?

ということをお話したいと思います。

いじめっ子の心理を紐解いていきましょう。

満たされていない人がいじめる

 

子供のいじめを例に挙げましょう。

実は“いじめ”という言葉がこれほど社会問題になっているのは全世界でここ日本だけでしょう。
タヒチなどの途上国では、子供たちが「いじめって何?」と聞き返してくるほどです。

 

なぜか?

 

「心が満たされていないから」なのです。

 

日本の子供達は食や物に恵まれすぎているのです。
物に恵まれ過ぎると、物欲はなくなり、欲求は徐々に高次のものへと移ります。
それが「集団に帰属する」という欲求です。

 

本能的に「集団主義」に重きを置いた子供達は、空気が読めなかったり、みんなと逸脱した行動をする他者を、グループの外へ追いやろうとしてしまうのです。

つまり、「物に恵まれると心が貧しくなる」ということです。

 

いじめられたくない人は自らいじめる

 


 

小学生の頃は、まだ本能的にいじめていることが殆どです。
そういった意味で、小学校のいじめはなくなることはないでしょう。

しかし、中学校、高校でみられるいじめはもっと陰湿なものです。

一言で言ってしまえば「自分に与えられた抑圧の代償行為」といえるでしょう。

 

抑圧に対して立ち向かう勇気のない人がそのストレスを発散するために別の人間をいじめるわけです。

 

「抑圧」とは何か?

 

それは、友達からの多少な嫌味、見下された経験、また親の干渉など様々でしょう。
これらの抑圧を自分で消化することができない人や、抑圧に対して正々堂々と立ち向かえない人が、他者をいじめることで憂さ晴らしをするのです。

また、友達から嫌味を言われたり、馬鹿にされたりなどの経験をした時に、
「このままヒートアップして自分がいじめられてしまうのではないか。」
と感じた人間は、
それをなんとか免れるために、自分が帰属しているグループ単位で、別の人間に「代償行為」として攻撃を開始します。

 

この時点で、1対1で向き合えれば大人なのですが、集団レベルで攻撃するため、実に「弱い」のです。

 

狭い世界に生きている

 


 

他人をいじめる人間は狭い視野を持っています。
世の中十人十色ということを理解できていないのです。

 

狭い水槽で魚を買うと、やがて気の荒い魚が他の魚を攻撃し始めるように、
いじめをしてしまう人間は狭い心しか持っていません。

 

いじめをすることで狭い世界の権力者であろうとします。

つまり、いじめっこに心の広い寛大な人間はいないわけです。

 

まとめ

 

誤解して欲しくないのが、ここでの議論は
「いじめる方が100%悪くて、いじめられる方が100%かわいそう」などということは一切お話ししていない点です。

人をいじめた経験が、いじめられている人間を救うことだってあるでしょう。

いじめられる方にも少なからず社会不適合性や至らないところがある例も可能性としてはあります。

 

ただ私が伝えたかったことは、
「とにかく、いじめる人間は心が弱い、心が狭い」ということです。

ここまで読んでくださった方は、なんとなく分かって頂けたかと思います。

 

いじめという社会問題がないことに越したことはないですから、
1人でも多くの人が、自分の醜さに気がついていじめを辞めてくれたら幸いですね。

ありがとうございました。